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院長紹介

ご挨拶

中野 喜右人

クオリティーの高い治療を行い、それを維持していくこと。

歯科治療は小さな外科治療の連続です。一度治療されたお口を再び治療するのは、通常最初より難しい問題を抱えた複雑な状態から治療を開始することを意味します。ですから今は程々の治療で悪くなればまた治療をするといった考え方でなく、今クオリティーの高い治療を行い、それを維持していくことが長い目でみると一番重要なことと言えます。歯科治療のクオリティーはインプラント治療、矯正治療、審美歯科治療、補綴治療、歯周治療、顎関節治療など全てに精通した歯科医師が包括的に審査・診断し、その治療過程を精密に熟していくことが一番肝要です。

ただ現在、インプラント治療だけや矯正治療や歯周治療の何れかには秀でていても、その全てに精通した臨床歯科医師は本当に少ないのが現状だろうと思います。例えば矯正治療には秀でていてもさらに歯槽膿漏になっていたり、数本の歯を失っていたりするとどうしていいのか解らないということが起こります。そうすると他の歯科医師にお願いするにもどの段階でどのようにお願いするのが最良なのか診断できないのです。

当クリニックはCT装置やマイクロスコープ等の設備も備え、御提供させていただく一つ一つが高品質であるだけでなく、包括的な歯科治療が提供できるクリニックであると自負しております。

院長 中野 喜右人

経歴
昭和55年 3月 大阪歯科大学 卒業
昭和59年 4月 なかの歯科 開業
平成3年12月 医療法人社団 なかの歯科クリニック 設立
平成17年 4月 阪急西宮北口駅南口に移転

所属学会
  1. 歯学博士
  2. (社)日本口腔インプラント学会 専門医・指導医
  3. アメリカインプラント学会(A.A.I.D.)認定医(アソシエイトフェロー)
  4. アジアインプラント学会 認定医
  5. 関西インプラント臨床研究会 会長
  6. アンキロス インプラント 公認インストラクター
  7. 日本歯周病学会 メンバー
  8. 日本矯正歯科学会 メンバー

自己紹介

1955年8月19日生まれ A型 獅子座

僕は昭和30年、丹波篠山で3人兄弟の長男として生まれました。

妻も笑いの話しのネタにするくらい典型的な田舎の農家で、父は中学校の教師、祖父も福祉事務所長という公務員一家です。

中学校入学位までは曽祖父、曾祖母共に健在で4代一緒の9人家族の大所帯でした。

田舎ですので、塾はというと習字そろばんやお寺での絵画教室くらいで、放課後は暗くなるまで『雑魚獲り』や『缶けり』、農繁期は一家総出で田植えや稲刈り下草刈りと、今にして想えば勉強をする環境にはなかったものの本当に楽しい思い出です。

中学・高校時代

城東中学時代はバレーボール、水泳に夢中になりました。田舎の小さい中学校で1学年92入という状態で大会の時は陸上部も兼ねておりました。ただ皆仲が良く本当にいい思い出ばかりです。しかし今は子供が減ったため、廃校となってしまいました。・・・残念。

中野 喜右人

兵庫県立篠山高等学校は、僕の在学中に創立百周年を迎えた、僕の祖母も通った伝統ある古い学校です。前身は江戸時代の青山藩の『鳳鳴義塾』に始まります。篠山唯一の普通科の高校でしたので、毎日10キロの道のりを自転車で通いました。

何を深く考えることもなしに高校の数学の教師にでもなろうと思っていました。なぜなら田舎の長男だから将来は家の跡を継ぐためにです。

ところが高校3年生になった時に父親が、『医者か歯医者でも跡を継げる。お前は細かい事をするのが好きだし向いている。だから歯医者になったらどうや?』

この一言が僕の一生の仕事を決めました。

自分でいうのも変ですが歯科医師という仕事は本当に僕の天職でした。いつも怒鳴られたり殴られたり怖い父親でしたが、いつも僕達子供のほうを向いてくれていた父には感鮒の念で一杯です。

大学時代

大学時代は弓道部に所属しました。歯科医療という仕事にはあまり縁がなかったせいか『詰めるのと、歯を抜いて入歯が出来たらエエやん』と軽く考え、6回生までそんなに歯科というものに興味も湧きませんでした。

ただ歯科補綴学の第3講座の教科書に骨膜下インプラントの写真が載っており、『こんなの出来るんだー』とすごく興味をそそられた記憶があります。26年も前のことです。今にして思えぱ本当にもっと勉強しておけばよかったと悔やまれます。

卒業後

中野 喜右人

卒業後、ある開業医の先生の所でブレードのインプラントのオペを観ました。

『これだ!インプラントがやりたい!』・・・・

勤務医時代だけでなく、開業してからも東京の故乙部朱門先生、神奈川の相浦周吉先生(現口腔インプラント学会関東支部支部長)、ニューヨークのリンコー先生(初代アメリカインプラント学会会長)らの門を叩き教えを請いました。 70年代の日本のインプラント治療のレベルは本当にアメリカのそれとは桁違いに低く、70~80年代に掛けてアメリカのリンコー先生から学ばれた乙部先生のインプラント治療には驚嘆させられました。

最近、自分が日本のインプラントのパイオニアの如く仰るドクターが結構いますが、私の記憶する限りではこの故乙部朱門先生と自力で勉強なさった山口の故山根稔先生の御二入です。(御二人ともに、信念を持ったすばらしい先生でした)

僕はこの乙部先生の作られた日本インプラント臨床研究会に二十数年、現在も在籍していますが、1989年には乙部先生リンコー先生の御指導でアメリカインプラント学会のアクティブメンバーに合格させて頂きました。

アメリカ人に混じってのシカゴでの2日間の試験で4分の3くらいは失格となっていましたので本当に感謝しております。その時点での日本人のアクティブメンパーは15人程だったと記憶しています。

咬合(咬み合わせ)の重要性

ここ数年来の私のインプラント治療をよりレベルの高いものとするための取り組み、それは咬合(咬み合わせ)です。『食ぺる』『話す』というだけでなく咀嚼器官は体全体の及び精神的な健康を維持するためにはとても肝心な臓器です。

よりハイレベルな咬合、より美しい口元を獲得するには少しでも歯が残っていれば殆どの場合歯科矯正が必要です。インプラントも矯正も補綴(かぶせなど歯を削る)もよりレベルの高い咬合を獲得するための手段方法なのです。

ですから本当に優れた歯科医師とは、インプラント治療や矯止治療や審美治療それに予防歯科それぞれ単独では駄目で、すべてに精通することが肝要だと考えて切差琢磨しています。
歯科医学は本当に面白い!!!